川崎大師

家の中には妻の名を記した「病気平癒」の護摩やお守りが山ほどある。
それとは別にいろいろな方からもらったお守りもある。

これも返すべきか、どうやって返すかとつらつら悩んでいた。
ふと自分を省みると厄年であり、妻の大好きだった川崎大師にいくのもよかろうと息子とばばと出かけた。
#ばばは元々川崎出身なのでホームグランドに戻ると元気が出る

川崎大師では数えでやるらしく私は「前厄」のようだ。
妻は手術の後「私が厄を引き受けたから、あんたは大丈夫やで」と笑っていたっけ(苦笑)
#まったくこっちの厄まで引き受けるからだよ、もう

ばばは護摩の「一万円?三万円??」と言っていた。
私は「いいや5千円。結局値段の問題でもなく、本人の気力であるのは実証済み」と苦笑い。

線香の煙をみて息子が「あれ、やりたい」と。
煙まみれになっておりました。

お賽銭をあげたり、お不動さんのところではろうそくを灯してもらったり。
はじめてひいたおみくじは「大吉」。キミはお母さんに似て引きが強い。

一旦お寺から出て、そとのすし屋さんでお昼。
ここは妻と来るたびに来ていたところ。
ちらしの一人前をペロリと。たべっぷりがよかったのかアメをもらったり。
そうして大師前の奈良漬屋さんで奈良漬を購入。
妻は関東ではなぜかここの奈良漬がおいしいと大好きだった。
奈良漬やの小さな白い犬はテレビの前で寝ていた。

そうして住吉のくずもちを買い、もう一度境内へ。
日差しが強かったのでかき氷を頼む。
塔の脇のベンチで食べる。「ここは入れないの?」「入れるけどいつもじゃないんだよ」
「はいったことある?」「あるよ・・あれは・・いつだっけ?」「おかあさんもいっしょだったね」「風鈴市の時か」
そう、妻は風鈴が好きでばばを誘いここに何年か来ていたのだ。
風鈴を眺め、植木を冷やかし、たこやきの焼き具合に文句をいい、お好み焼きは関東はケチくさいと楽しそうにあっちを眺めこっちを眺めしていたものだ。

楽しいような、哀しいような日曜日の昼下がり