参観に行ってみて

授業参観の日、久々に朝送っていった。
幼稚園までの道のりで「あら、今日はお父さんとなの。いいわねぇ」などと
あっちこっちのお母さんから声をかけられてご満悦な息子。
家の行き来をしている友達を見つけて、私が参観場所を探しているうちに、
あっというまに教室に消えた。
昔だったらこうはいかなかったろうなあ。

一度家に戻り、あちこちからもらったお年玉を息子名義の口座に入金に行く。
それからいよいよプール参観。
プールの中が見えるような構造になっているスペースで見学をする。

息子はちょっかいをかけられてもさほど動じず、それなりに懸命に泳ぎを覚えようとする。
なかなかの落ち着き具合だ。

しかし・・・・異様な風景だ。
L型にプールサイドに腰をおろした子供たちは、そのままプールサイドからギチギチの状態でプールに入り、顔を水につける練習をする。
こんどはプールのヘリを掴みながらバタ足の練習。
プールの底にマット状のものをロの字に置き、その上をぴょんぴょんしながら歩く。
肩まで、頭までつかりながら歩く。
隊列はお構いなしで子供たちは密集隊形のまま進む。当然個々の速度は異なる為ある程度はバラけるが所によってスカスカ、所によってギチギチ。
こんどはケノビの練習。
手を上でくみそのままスーッと。
だがこれまた全然距離をとらぬまま練習開始。
前に浮いている子のすぐ後ろから突入する子。
こらえ切れずに立ち上がろうとした子にぶつかる子。その子のヒジに頭があたる子。
突如以前風呂に入っていた時に息子とした会話を思い出す。
「ぼくXX君につっころがされちゃった」
「いじわるされたの?」
「ちがう。あしでけられた」
「?けんかしたの?」
「ちがうプールで。頭はXX君とゴチンしたの」
「??」
そうか、そういうことだったのか。
結局、混雑しているところを避けるにはある程度の力量がいる。
泳げる子はぬきんでているし経験があるわけで悠々とおよぐ。
しかし、その他大勢の完全に水に入るのが怖くていやというほどでもないグループでは差がなく芋洗い状態であり、互いが障害物と化す。
完全に怖いグループは担任がいるところでビート板でバタ足の練習だ。
息子は前の障害にビビって顔をあげているため、ケノビになっていないですぐ立ち上がる。
さすがに女房の子と思ったのは、ビート板組みとの境目のところでビート板なしで練習をし始めたことだ。
浮力のあるビート板は使わず、さりとて泳げるわけでもない息子はしっかり担任に構ってもらっている。要領いいぞ、オマエ。

そんな野放し状態の授業を見ながら、ほぼ半数の母親たちは、手を振り笑顔を送る子供たちには目もくれず世間話と携帯電話にいそしんでいる。
いったい何しにきているのだろう。
運動会でもそうだったし、お誕生日会もそうだった。どんなイベントでも必ずそうだ。「場」というものを意に介さず彼女たちはいる。忍耐力のカケラもなく、一般常識にはほど遠い存在。
声高に夫の愚痴をいい、子供の愚痴をいう。
なるほど、確かにストレスはあるだろう、でも今?何故?俗物どもめ